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ホスピス・コミュニティーケアって何だ

ホスピスは"ガン末期の人が行くところ"。

そう言われる事が多いのですが、語源を辿りながら考えたり、15年ほど実際に聖ヨハネホスピスで仕事をしてくると、"確かに言われるとおりだけれど随分と違うところもある"ということを、肌身でわかってきたように思います。 ホスピスの定義とかその内容や実際については、すでに沢山の書物も出版されていますから、ここで改めてそれを繰り返す必要もないでしょう。今一度確認したい方は、トップページの「関連団体紹介」から他のwebなどを参考にしてみてください。私が経験した聖ヨハネホスピスでの実際やそこから得られた関連情報は、次の関連情報欄に整理してみます。よろしければ、それも参考にしてみてください。 
 
さて、ではこのサイトでは何をしようとするのか?
"…って何だ"と問うのは、ある意味とても漠然としています。私自身が、すべてを網羅してホスピス・コミュニティーケアについて述べられると思っているわけではありません。このサイトを掲示板にして、折々に、私なりの答案を作って行きたいと考えています。いわば、「怠けた日記帳」と思っています。読んでいただけたら幸いです。

2003年4月5日 長谷方人



<第一回>
当社が委託契約している聖ヨハネホスピスケア研究所主催の講演会が開かれます。テーマは、"ホスピスケアからコミュニティケアへ"。講師は、この研究所の所長である山崎章郎氏。山崎氏は、月刊誌「論座」-発行所:朝日新聞社(http://www3.asahi.com/opendoors/span/ronza/net)-の2003年1月号に「ホスピスの流れを変えよう!」と題する一文を書き、ホスピスの現状に一石を投じました。
 
その後「提言:ホスピスケアからコミュニティケアへー調和の取れた福祉と医療が作り出す安心高齢社会の都市型ケアタウンモデル事業構想」を表しています。今回、この提言の改訂版全文と要約をこのサイトに掲載しました。勿論、山崎氏の了解の下です。是非一度お読みいただきたいと思います。

山崎氏とは、この15年来聖ヨハネホスピスを通して一緒に仕事をしてきました。当社の定款で述べています目的は、その間の経験から導き出した目的です。その目的を具体的な形にしていくための「都市型ケアタウン」の一つとして小平市に土地を取得しました。現在、設計者の太田拓也氏とともに建物の基本設計を進めています。基本設計に当たってのコンセプトは、「一人暮らし」「広場」「おいしい食事」「プライバシー」「交流」「新しい家族」…。

このコミュニティにつながりを持つ一人一人が、穏やかで尚活気に溢れ、円満な自己表現を可能にする医療や福祉にプラスαの遊びを加えていきたいと考えています。賃貸住宅群は"一服荘"なんていう名前がいいかなぁと思えます。この構想の機能は、機能概念図や提言に述べられているように多機能ですから、当社だけで完結できるものではありません。閉じられたコミュニティではないネットワークにリンクできる柔軟で開かれたコミュニティにならなければならないと考えています。

基本設計が固まり公開できるようになりましたら、細部については順次プロジェクトのサイトでご紹介したいと思っています。 

2003年10月25日 長谷方人


<第二回>
この2月をもって、15年間通った"聖ヨハネホスピス"の常勤スタッフとしての勤めを終えました。これからしばらくは、週に2回、聖ヨハネホスピスケア研究所委託研究員としてホスピス現場の後方支援の役を担いながら、新しいプロジェクトに注力しようと考えています。 新しいプロジェクトは「御幸町プロジェクト」(小平市御幸町に所在することと"幸"のためにという思いを込めて)としました。このプロジェクトには解決しなければならない問題が山ほどあります。その解決のために要する時間を捻り出すためにホスピスコーディネーターを辞めたわけです。

けれども、問題整理を怠けていると時間はどんどん過ぎていきます。 現状での課題は、まず第一に今後の新しいコミュニティケアの実践基地となる「家」を建築することです。3月11日に、建築確認申請の書類を提出しました。建物としての問題は、設計者の太田氏と定期的に検討を重ねています。1階の診療所、訪問看護や介護のステーションとデイケアを運営する"店子"に予定されている"山崎先生のコミュニティケア"から、要望を聞きながら設計図面にその要望を落とし込んでいく作業を続けています。この作業を重ねていけば、この部分の問題はおのずと解決していくことは明らかです。

次に、この[家]で生活していくための様々な計画を立案して、それを実行していくてだての一つとしてNPO法人の設立準備にも着手しなければなりません。 この「家」は施設ではありません。さりとて「住み慣れた我が家」でもありません。どんな「家」になるのか、あるいは、するのか?です。その点を考えて医療と福祉という枠を超えるようなプラスαを加味したいということは、前回にも書きました。

次に、その要点整理をしてみます。
現時点での問題の一つは次のようになります。 昨年の11月にニュージーランドへ行ってきました。要点整理の糸口になればと思ったからです。そのときのメモから少し抜書きしてみます。 メモには、『2003年11月22日、様々なバックグラウンドを持ったツアー一行22名は、山崎章郎医師を団長とする「ニュージーランド ホスピス&コミュニティケア視察研修」に、成田から飛んだ。飛ぶ前に、コミュニティケアをこれから具体的な形に作り上げていくのに"コミュニティ"を知ること、コミュニティにあってのボランティアの有様を理解すること、を自分のテーマに設定』とあります。 これまでのコミュニティは、主に「地縁」と「血縁」から捉えられていると思われますが、この二つの縁だけで結び付けられたコミュニティは、私にはどうもしっくりしないのです。何か別の「縁」を加えた新しいコミュニティのアウトラインがないものかと思っていました。この別の「縁」を、仮に「好縁」と名付けておきます。

もう一つ、コミュニティのボランティアはこのコミュニティにあって、どんなことを「好き」といってこのプロジェクトに加わってもらえるかを考えていかなければなりません。受け皿を先に作ってそこへ受け入れるというプロセスは避けて、「ここで、こんなことをしたい」という具体的なアイディアから入っていけないかと思案しています。どうなりますか…。 ボランティアでNPOの活動に参加すると言ってくれる人の中には、NPOの会員としてコミュニティの成員にはならずに「訪問者」として関わりたいという人もいることでしょう。"山崎先生のコミュニティケア"が「好き」という人も居るでしょうし、直接、医療や福祉の領域には入らないけれどこのプロジェクトに参画したいという成員もいることでしょう。 それら様々な個人としての動機で関わりあいながら構成される人々に、まず、この「家」とNPOが最も大切にする基盤を明確にしなければならないでしょう。明確にした上で、NPOへの参加は各人にその判断を委ねることになると思われます。 ここでの生活は絵空事ではありません。当社で考えるここでのサービス内容は具体的です。食事のサービスをする、折り紙教室を開く、フットサルコートになった広場で子供たちが遊ぶ、バーベキュー大会があり、日曜日のガレージセールあり、コーラスグループの練習やピアノのレッスンあり、織物教室あり、朗読や演技の教室あり……)を実際に行うことで自分を表現するチャンスを準備することです。 "ここで出来ることは何でもあり"と考えて、具体的な活動の音頭をとってくれる人が現れ、その活動を実行していく人々を纏めていく、そんな人々の集まり方の仕組みが考えられないかと思っています。その人々が、互いに重なるところが見つかった都度に、排除したり邪魔をせず利用しあえる折り合いを見つけながら日々の生活を営むうちに自然と共働していた、というようでありたいと思います。

この「家」は、成員も訪問者もともに認め合える寛大でおおらかな「家」でありたいからです。これは、夢物語でしょうか。 5月には「御幸町プロジェクト」のサイトを整備して公開できるように準備します。

2004年3月12日 長谷方人